霊性と大地

外からの刺激がないと反省がない
霊性は大地を根として生えている。
萌え出る芽は天を指すが、根は深く深く大地に食い込んでいる。
霊性というといかにも影の薄い化け物のようなものに考えられるかもしれぬが、これほど大地に深く根をおろしているものは無い。
霊性は生命だからである。
大地の底には底知れぬものがある。
空翔けるもの、天下るものにも、不思議はある。
しかしそれはどうしても外からのもので、自分の生命の内からのものでない。
大地と自分とは一つのものである。
大地の底は自分の存在の底である。
大地は自分である。

大地の霊とは霊の生命ということである。
この生命は必ず個体を根拠として生成する。
個体は大地の連続である。
大地に根を持って、大地から出で、また大地に還る。
個体の奥には大地の霊が呼吸して居る。
それ故個体にはいつも、真実が宿っている。
観念の世界に対して一極を分有するといってよい。

われらの考えが大地遊離的方向に進むと、そこに地獄も極楽もあるが、われらは大地そのものであるということに気づくと、ここが直に畢竟淨の世界である。
考えそのものが大地になるのである。
大地そのものが考えるのである。
そこに大非の光がひらめく、大地のあるところが極楽である。それのないところが地獄必定である。