3.幼少期のインチャ

幼少期のインチャ

一般的にインナーチャイルドと言うとこの時期に生まれたものを言うようです。 
例に挙げた誰もが持っている“見捨てられの恐怖”もここに入ります。 

“見捨てられのインチャ”は誰にでもあるものです。
それは、『初めて出会う他人』である親との関わりが根底にあるからです。 
他人とのかかわりの中で何度も繰り返し感じる苦しみ。
自分の価値についての疑いや苦しみ。
それらを感じることで“見捨てられる”ことに怯えている自分を自覚する方が多いように思います。

しかし、それは今目の前にある人間関係に怯えているのではありません。
恋人であれ、夫婦であれ、友人、親子関係・・・
どんな形であっても、その関係の中で感じる意識が“見捨てられる”ことに関する恐れであるならば・・・
どうか悲観しないでください。
それは誰もが持っていることなのです。
今、ここに存在するあなたには何の問題もないのですから。 

人とのかかわりを通じて味わう苦しみは、日常で必ず誰しもが遭遇するものです。
だからこそ、感情の乱れや苦しみが、ただの性格ではなく、「自分ではない何かの感情」によるものだ・・・
つまり、インチャの存在を実感しやすいのも、このインチャです。
よく見つめてみれば、幼少期の記憶を辿ることで顕在意識でも過去の記憶と今の感情がリンクしていることを理解できるからです。 

今、怖がっているのではありません。
私たちは映画を見るように、スクリーンに映った映像を怖がったり、怒ったりしています。
どんなに怖い映画でも・・・
光を当ててあげれば、そこにあるのは真っ白なスクリーンだけなのです。

 

   ある人の例 

職場の不正や上司の横暴に大きく心を乱される方がいました。 
上司が部下の手柄を横取りしたり、自分に都合よく根回しすることが許せず、公の場で上司を糾弾して恨みをかうことも多かったようです。 
結局、それでも変わらない職場に虚しさを感じていらっしゃいました。 

これは一見「正しいこと」のように見えます。 

ご本人も「正しいこと」だと信じていたため、インチャだと自覚できなかったようです。 
しかし、これは「間違ったことが正しく通ることを許せない」・・・つまり 「正しいことが正しく通したい」という欲なのです。 
その欲が満たされないときに、インチャが発動するのです。

ご本人は小学生時代にいじめにあっていたといいます。 
そのきっかけの一つに、担任の先生に何も悪いことをしていないのに犯人だと誤解され、皆の前で強く罵声を浴びせさせられた事がありました。 

そのことに言い返すことも、無実を訴えることもできず、いつかわかってくれると思っていたそうです。 
しかし、誤解されたままで友達からはからかわれ続け、小学校生活を卒業までいじめられっ子として送ったそうです。 

ずっと忘れていた記憶でしたが、この事を思い出されました。 

職場で感じていた怒りは、実はこの時の担任に向けられた恐怖とまったく同じだと気がつかれました。

正しくあるべき立場の人間が正しくしてくれない」という状況に自動的に反応し、あの時表現できなかった怒りや悲しさを再体験していたのです。 

      上司だと思っていたのは、実は30年前の担任の先生の投影だったのです。 

 

 

 

 

 

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