3.霊性を向上させる

前項で霊格について簡単に説明させていただきました。

では霊性を向上させるにあたって、意識すべき点はどのようなところなのでしょうか?

それぞれのランクの説明を読んでいただくと、あることに気が付きます。
霊性の上昇によっておこる変化は二つの軸から成り立っているということです。

その軸の一つは「欲」だと考えます。
霊性が向上するにつれて、欲との関わり方が変化していることに気が付きます。

欲は主に感情の不安定さにつながります。
欲にまみれ、自己中心的な考えに支配されている苦しみが、ランクが上昇するにつれて変化していきます。
欲や自己中心的な意識の難しいところは、「本人には自覚がない」ということです。
自覚がないのですから、制御することも困難です。

もし自覚をもって制御することができても、それは根本的な解決にはなりません。
さらに欲自体を無くしていかなければならないのです。

苦しみを見つめてみれば、そこには欲があります。

本来、私たちに怒りや悲しみなどの感情の乱れは存在しません。
存在しないのに、なぜ、私たちは時に怒り、悲しみに溺れるのでしょう。

それは欲があるからです。
乱れを作っているのは欲なのです。
欲は自己中心的な意識に姿を変え、本人を視野狭窄に陥らせてしまいます。
何も見えなくなっているから、過度な被害者的な意識や、他人と比較し、時に優越感を得たり、苦しみに喘いだりしながら自分の位置を確認しようとしてしまうのです。

欲や自己中心的なモノの見方は、本人にとっては仕方のない、「当たり前」のことと認識されます。
場合によっては『正しい』と考えてしまっている人もいるのです。
正しいことをしているつもりが、実は・・・ということも良くある話です。
霊性の向上に伴い、今まで悪いと信じていたものが良いものに変わったり、良いと思っていたものがそうではなくなってきたりします。
欲や自分中心な意識から世の中を見ているのですから、サングラスを掛けて歩きながら「暗い、暗い」と嘆いているようなものです。
周りが思い通りに動かないと、とたんに本人にとっては苦しみになるのです。

このように欲とは自覚することが難しいものです。
さらに、「良い欲」と「間違った欲」があります。
学びが進むと、「良い」と思っていることが間違っていると気がつくことがたくさんあります。
逆に、「悪い」と思っていたものが実は「良い」ものだったということもあります。

このように、己を過信せず地道に学びを進めていくうちに、モノの見方自体が変わっていくのです。
最初は周りが変わってくれたような気がするものです。
しかし、自分が変わることなくして周りが変わることはありません。
自分が変わることで世界が変わるのです。
この事を一番最初に実感するのは、意外にも「欲」を通じてなのかもしれません。

本来存在しない心の乱れがなぜ生まれるのか?
それは、心の乱れを自分で作っているからです。
インチャが欲を生み、意識を乱れさせているのです。
意識が乱れることで、感情が暴れ出します。
それが苦しみの正体です。
だから、インチャを無くすことが、本当の自分に近づく道の大きな一歩なのです。
インチャを無くすことで、欲に支配されなくなります。
インチャを無くすことが感情の安定に、ひいては霊性の向上に繋がると考えています。

もう一つの軸は「受け入れる力」だと考えます。

学びの道に入ることで、自分の欲や自分中心の考え方、意識がだんだんと鮮明になってきます。
当たり前だったことが当たり前ではなくなっていきます。
最初はごまかしがきくものです。
しかし、いくら表向きには謙虚な振りや謙遜を装っていても自分だけは騙せないものです。
だんだんと自分自身の弱さや汚さ、無力さといったものを直視せざるをえなくなってきます。

その弱さや汚さ、無力さといったものを「認める力」です。
「認める」とは「許す」ということだと考えます。
ただ、「許す」というと“無かったことにする”と勘違いしてしまうことが多々あります。
いわゆる、見ないでスルーする・・・というアレではないのです。

「許す」とは「見極める」ということだと考えます。
「見極める」ことで、弱さや汚さ、無力さの本質が見えています。
後生大事にしてきたものが、実はたいしたものではないことに自ずと気が付きます。
そして、今まで「意味がない」とか「無駄だ」と思っていたことに価値を見出せるようになります。
その上でやっと「受け入れる」ことができるのです。

真に己を受け入れた時に、本当の意味で他者も許し、受け入れることができます。
そして、愛することの意味をしることができるのです。

この二つの軸が織りなすことで「こころの安定」を手にすることができます。
「こころの安定」を身につけていくことで、理屈と思いこみの呪縛から放たれます。
真理を見極める目が養われ、またひとつ本来の自分に近づきます。
それが霊性向上の道の最初の一歩だと考えます。