2.道しるべとして

何を求めているのだろう

私たちが本当にもとめていること。
私たちにとって一番大切なこと。

それは、心の安定です。

何かが手に入らないと苦しんでいる時
例えば

彼女が欲しい
車が欲しい
ゆとりある収入が欲しい

何かから逃れようとしている時

例えば

病気が嫌だ
あいつが嫌だ
貧乏が嫌だ

そう思うのは当たり前です。
そのことが悪いといっているのではありません。
誰しもが「何かを手に入れることができたら」、「何かを排除することさえできれば」・・・そうすれば幸せになれるのにと考えてしまうものです。苦しいときにはなおさらのことです。
でも、それでは苦しみを根本から解決することはできません。
なぜなら、これらは単なる手段に過ぎないからです。

ゆとりある収入が目的ではないはずです。
ゆとりある収入があることで何かを満たそうとしているのです。

それは、優越感だったり安心感だったりするです。

しかし、これも実は不安の裏返し。
本当に欲しいものではありません。

だから、手に入ったとしても、今度は失うことを恐れるのです。
では、本当に求めているものは何なのでしょう。
何を手に入れたくて私たちは苦しむのでしょう。

 

諸行無常

このように、私たちは往々にして手段を目的と勘違いしてしまっているものです。

手段を追い求めるからいつまでも安心を得ることはできません。
運よく(本当は運が悪いのかもしれませんが)その手段を満たすことができた時、人は幸せを感じます。

人もうらやむような仕事に就けた
他の人と同じようなゆとりある暮らしが手に入った
素敵な彼氏、彼女ができた
特別な自分になれた

でも、それはつかの間の虚しさであり、次の苦しみまでの息継ぎに過ぎなかったりします。

出会いには別れがあり、手に入ったものはいつか失ってしまうもの。
手に入った途端、守る苦しみがあるのです。

これを仏教では「諸行無常」といいます。

名誉や地位などは儚い夢のようです。
生まれたから、出会えたから、いつかは別れがあるのです。

形あるものはすべて滅びる。
諸行無常とは、なんと悲しく空しいものと希望を奪われたように思ってしまいます。
でも、そうではありません。

諸行無常だから、
苦しみがあり、喜びがあります。
衰退することもあるから、成長もあるのです。
諸行無常とは全てのものが定まっていないということです。
定まっていないということは、自由だということです。

私たちは苦しみや不自由という「自由」の中に生きているのです。

苦しみから何を学ぶのかも、誰にも強制されません。
苦しみからただ逃げ出す人生も良し。
苦しみを何かで誤魔化す人生も良し。
苦しみから何かを見出す人生もまた良し。
私たちは自由なのです。
自由だから、忘れてしまっているのです。
自分で見つけ、自分で歩く喜びのために、きっと忘れてしまっているのです。

 

目指すものとは

苦しみから逃れる手段~時にはお金だったり、地位だったりするのでしょう~が手に入ることを

先ほど「運が悪い」と書きました。

それは、手段を目的にして、それが手に入ってしまったら
「知らない」ということに気がつくチャンスを逃してしまいがちだからです。
「知らない」ことに気が付かず人生を無為に消費してしまうことが多い。
だから、苦しめている今は、チャンスであり、運がいいのです。

苦しむのは嫌なもんです。
面白おかしく、ゆとりを持って、安心して生きていたい。
できたら自慢できるような生き方ができたらいい。

あ、私の話です。
私なんてそりゃ無力なもんです。
根性もないし、楽もしたいし大事にもされたい。
素敵な服着て、スマートに、かっこよく生きたいもんです。

でも、残念ながらそうは行きません。
必ず苦しみはやってきます。
だったら・・・どうせ苦しむなら、その苦しみをおいしく頂いて、
手段は無視して目的に、目指すところに近づきたい。
それが一番近道なんです。
ただそれだけのことなんです。

 

では本当の目的、目指す場所とは何でしょうか?

それは、「心の安定」です。
「心の安定」の先にあるものです。
それは自分を取り戻すということでもあります。

私たちは「心を安定」させる術を知りません。
知らないから、「心を安定」させるために欲を満たそうとするのです。
欲を満たすことが幸せだと、
欲を満たすことが「心を安定」させることになると、それが幸せ、苦しみの対極だと信じています。。

でもこれは間違っています。
どこが違うのか?
それは欲を満たせば「心が安定する」=平穏に生きることができるという点です。

欲は心を不安定にするものです。

欲を満たすのは、まるで痛み止めを飲むようなものです。
薬が効いている間は痛みを忘れます。
でも、それは“治った”とは言いません。
薬の効き目が消えることを恐れ、薬がなくなる不安は付きまといます。

それなのに、薬を飲むこと=欲を満たすことが幸せだと私たちは信じています。
まるで、薬づけのジャンキーか何かの中毒者のようです。

 

もし、人生を無為に過ごしたくないのであれば。
かつての私がそうだったように、
優越感を幸せと勘違いして、
自分の人生を粗末にしていることに気が付けるなら

運よく、苦しみの意味に気付き、
その場しのぎの手段を手に入れることがなかったのなら、

生きるために、自分を取り戻す為に

私たちは眼を覚まさなければなりません。

 

本当に私たちが欲しているのは、穏やかなこころ、日常が至福にあふれた状態
つまり、心の安定なのです。

その為には苦しみや欲を見つめ、苦しみや欲といったものが
どこから来ているのか、
どのようにして私たちは欲に乗っ取られてしまうのかを見極めなければならないのです。

それが「心の安定に」、そしてその先にある
自分を取り戻すということにつながります。

このHPは皆さんが自分を取り戻すことの、人生を、いのちを考えるお手伝いになればと思い作成しました。
どうぞごゆっくり読み進めてくださいませ。

 

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